
日野光里〈Hino Hikari〉
◆子供が2歳のときにパートを始めて6年勤めた後にマンガやゲームのシナリオライターとして独立し、現在は専業主夫家庭の大黒柱。
◆著作/ソフトバンククリエイティブ社刊「ホームズ・ツインズ!」九天社「マチともの語り」など。
◆新作ゲームはケータイアプリ「ヒルズの恋人」、【モット恋愛主義】にて配信の「レスQ」
◆産業カウンセラー、THP心理相談員、キャリアコンサルタント資格を有し、働き方の講演なども行う。
再就職への道
6年勤めたパート先は初めての一般事務採用でした。それまでは専門職ばかりだったのです。
独身時代は会社でシナリオライターをしていたし、失敗した再就職先もライター業。でも、再々就職をする時に、私は選択を迫られたのでした。
ひとつは大学の広報部。そして、もうひとつが一般事務。
広報部の話は私がもともと広告代理店にいた当時の能力を買われて、最初は一般事務の話だったのが大きくなってしまった結果。
それまでの能力を認めてもらって話が広がっていったのでありがたいことです。経歴から期待をかけられてのことですもんね。きっと私に子供がいなければ、よろこんで受けたでしょう。
でも、私には当時、まだ2歳の子供がいました。
最初の話では10時~16時の勤務時間のつもりで面接を受けたんですよ。ところが途中で、私の経歴から広報部へ抜擢され、面接ではフルタイムの現場へ派遣という話になっていました。しかも、受験申し込みシーズンなどは連日夜遅くまでの残業が続くというのです。
とてもやりがいを感じる職種でしたが、そんな夜遅くまで子供を預かってもらえるところはありません。保育所が閉まってしまうような時間までの残業でしたから。
いろいろとやり方を模索しましたが、どう考えても預け先はありません。
結局、この仕事の話は時間帯が合わずにお流れになってしまいました。それで10時~16時で仕事が終わって、しかも誰がやっても同じというような単純作業がメインの職種を最終的に選んだのです。専門職でない仕事は初めてでしたが、当時の状況では最良の選択だったと今も思っています。
時間は限られています。お迎えに行かなければならず、いつ休まなければいけなくなるかわからない幼児を抱えているのですから。そのことを最優先に考えると、職種を選ばざるを得なかったのです。
これはたぶん、私だけに起こった現象ではないと思います。出産前には当たり前に勤められ、能力を認められていたことが、子供がいるという制限が加わったとたんに勤められなくなる。
何人もそういうお母さんたちを見てきました。一時的なこととはいえ、能力を持っていても働く場を失って悩む人もいます。
「え? そんなにいろいろできるのに、この仕事でいいの?」
という場面に私も出くわしたことがありました。その過程でいくつかの苦渋の選択があったのではないでしょうか?中には能力が高いからこそ仕事がないという現象も、お母さんには起こってきます。
お母さんになった途端、いくつかの取捨選択を迫られることが多いです。単純にその人の能力いかんだけでなく、使える時間いかんという制約がかかってくる。悔しくないといえば嘘になります。当時の私に、もう二度と書く仕事に復帰できないかもしれないという不安がなかったわけではありません。
でも、選択したんですよ。自分で。やりたい仕事よりも、時間制限を優先させました。仕方なく選んだというよりは、能動的に選んだ気持ちでいました。最初の再就職に失敗したからこそ、すっきりと選択できたのです。だから、あまり腐らずに過ごせたのだと思います。その話を次の回で。
(投稿日 : 2008/6/10(火) 12:23 日野光里.)
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